あづま湯 店主・佐藤善太氏インタビュー/日本総研シニアマネージャーが銭湯を事業承継。趣味から始まった本気のキャリアチェンジ【BEYOND-CONSUL―元コンサルの生き方―】

あづま湯 店主・佐藤善太氏インタビュー/日本総研シニアマネージャーが銭湯を事業承継。趣味から始まった本気のキャリアチェンジ【BEYOND-CONSUL―元コンサルの生き方―】

BEYOND-CONSULでは、コンサルティング業界を経験した方々が、その後どのようなキャリアを歩んでいるかを追います。日本総合研究所のシニアマネージャーから埼玉の銭湯店主へ――。

きっかけは自宅の風呂が壊れたこと。200軒以上の銭湯・サウナを巡るうちに「趣味を仕事に」という思いが芽生え、14年のコンサルキャリアを手放して事業承継に挑んだ佐藤善太様。
経営開始から1年で売り上げ20%増を達成した秘訣は、「考えるより動く」徹底した現場主義。東日本大震災の復興支援で出会った起業家たちの生き方に圧倒され、「第三者の視点」からの限界を感じて自ら当事者になる道を選びました。

現在は店主自ら熱波師として汗だくでタオルを振る名物アウフグースで常連の心をつかみ、次世代の経営者育成という新たな挑戦へ。
今回は、コンサル時代の葛藤から二度とないチャンスを即断でつかむまでの軌跡、そして「あづま湯を挑戦のハブに」という構想をお聞きしました。

「偉そうにいうだけ」の自分と決別。被災地で出会った当事者の覚悟

金澤
これまでのご経歴と現在の取り組みについて教えていただけますか。

佐藤様
埼玉県朝霞市にある銭湯「あづま湯」で経営をしております佐藤善太と申します。新卒で富士通グループのシンクタンクに入社し、その後、三井住友フィナンシャルグループのシンクタンク・日本総合研究所へ移りました。コンサルタントとしてのキャリアは通算で約14年になります。その後、ご縁があって、2024年8月から銭湯あづま湯の新しい経営者として、オーナーから引き継いで、現在は店主として運営しています。

金澤
かなり大きなキャリアチェンジですよね。もともとのシンクタンク時代についても伺いたいのですが、日本総合研究所ではどのような仕事をされていたのでしょうか。

佐藤様
コンサルタントとして、東日本大震災の復興支援には比較的長く携わっていました。起業家育成や中小企業向けの事業開発・販路開拓の支援、NPOや地域づくりの団体の伴走支援などを行っていました。それ以外にも、国や自治体、民間企業のコンサルティングにも携わっていましたね。

金澤
その中で、特に印象に残っているエピソードや出会いはありますか。

佐藤様
福島県で中小企業の後継者や起業家を対象にした人材育成プログラムを担当していた時のことが、今でも強く記憶に残っています。参加者の1人に、私と同い年の女性起業家がいました。もともと花屋で働いていた方なのですが、福島とは縁もゆかりもなく、震災後のボランティアをきっかけに現地の人々と深く関わるようになり、やがてその村に移住して、夢だった自分の花屋をオープンされたのです。

原発事故の影響も残る、事業環境としては非常に厳しい土地でしたが、彼女は現地の方々と力を合わせて花屋を続け、従業員を雇い、結婚して子育てもされて。さらに「地域をもっと良くしたい」と議員選挙にも立候補されました。事業の規模の大小ではなく、「1人の人間として前に進む力」そのものに圧倒されました。支援するはずの私が、逆に彼女の生き方から勇気をもらっていたのです。被災地では、そうした“自分の意思で前に進む人たち”との出会いが本当に多くありました。

金澤
一方で、コンサルタントという仕事ならではの難しさや、もどかしさを感じたこともあったのではないでしょうか。

佐藤様
そうですね。いろいろな中小企業やNPOの伴走支援では、ハンズオン型で経営者の皆さんと同じ目線で仕事をさせていただくことが多く、私個人としても評価をいただき、「佐藤さんにお願いしたい」と言っていただける案件にも恵まれていました。やりがいは大きかったと思います。

ただ一方で、これはコンサルタントなら誰もがどこかで感じることだと思いますが、結局は「第三者の視点」からアドバイスや実務的なサポートを行う立場。そこにはやはり限界があるのですよね。本来、自分が起業なり事業推進者としてフルコミットする経験があってこそ、人に本当の意味で言えることがあるのではないかと。どこか偉そうに言っているだけなのじゃないかと感じる瞬間もありました。

そして、このまま続けていけばある程度“先が見える”という感覚もあって、それよりは、まったく違う分野で新しいことに挑戦してみたい。そんな気持ちがずっと心のどこかにありましたね。

佐藤様

「二度とない好条件」に即断。準備していたからチャンスをつかめた

金澤
コンサルタントとしてのキャリアを経て、実際に銭湯の経営に踏み出されるわけですが、そもそもなぜ銭湯だったのでしょうか。

佐藤様
きっかけは偶然でした。自宅のお風呂が壊れ、修理を待つ間に妻と銭湯やサウナに通い始めたのです。そこから一気に、その魅力へとのめり込んでいきました。

よくいわれる“整う感覚”というやつです。無心になってリラックスできるあの時間が、何より心地よくて。東京都内だけでも400軒以上、全国には1万軒以上の銭湯やサウナがあるといわれていますが、一つひとつ訪れてみると、それぞれに違う個性や魅力がある。開拓していく楽しさもあって、気づけば200カ所近く巡っていました。まさに、一生続けられる健康的な趣味だなと思いました。

そんな趣味の延長のような形で、「銭湯やサウナの経営に関わるのも面白いかもしれない」と思うようになり、「銭湯の担い手養成講座」に通ってみたのです。講座を修了すると、特典として銭湯運営の引き継ぎ情報が共有される仕組みがあって、そこで、たまたま“あづま湯”という銭湯の事業承継の話が舞い込んできたのです。

金澤
初めてその話を聞いた時、どう思われましたか。

佐藤様
「またとないチャンスだ」と思いましたね。

金澤
とはいえ、コンサルタントを辞めて銭湯経営にチャレンジするのは、生活も大きく変わる決断ですよね。安定したキャリアを手放すことに、不安やご家族からの心配の声はありませんでしたか。

佐藤様
もともと妻には、「そろそろコンサルを卒業して、別のことをやりたい」と話していました。銭湯やサウナは共通の趣味でもあり、私が検定を取ったり、講座を受講したりしているのも知っていたので、あづま湯の話が来た時も「いいチャンスだね」と背中を押してくれました。

また、私自身大きくお金を使うタイプではなかったため、コンサルタント時代から自然と起業資金を蓄えられていました。起業当初は自分の報酬がなくても生活には困らない程度の蓄えがあったので、生活面での不安はそれほど大きくはなかったですね。

金澤
数ある銭湯の中で、なぜあづま湯だったのでしょうか。

佐藤様
条件がとてもよかったのです。もともと銭湯の事業承継というスタイルは、新しく施設をつくるわけではない分、初期投資を抑えられ、すでにお客さまがいる状態から始められるという利点があります。とはいえ、そうした案件は多くの場合、既存の銭湯経営者の方が引き継ぐケースがほとんど。仮に個人にチャンスが回ってきたとしても、設備が老朽化していたり、立地条件が厳しかったりすることが多いのです。

一方で、あづま湯は東武東上線・朝霞駅から徒歩2分というアクセスの良さに加え、サウナや水風呂などの設備も都内の有名施設に引けを取らないレベルでした。昔から地元の方々に愛されてきた、常連のお客様で賑わう地域密着型の銭湯でもありました。

ここまで恵まれた条件で事業承継できる機会は、もう二度とないだろう。これは逃すわけにはいかない──。そんな思いで、自分から前のめりにチャンスをつかみに行きました。

あづま湯

考えるよりまず行動、地道なこだわりで実現した売り上げ20%増

金澤
経営を引き継いでみて、実際の成果はいかがでしたか。

佐藤様
最初は、正直よくわからないまま始めたのです。でも、当初目標としていた客数・売り上げの20%増という数字は、2〜3年かかると予想していたものの、1年で達成できました。 やったことは特別なことではなく、全国の銭湯やサウナを巡ってきた経験から、「自分がお客さまの立場だったら、こういうものがあったらうれしいな」ということを一つひとつ実践していっただけです。

たとえば、ロビーにテーブルを増やして漫画を置いたり、オリジナルグッズを販売したりしています。Refaのドライヤーやシャワーヘッドも導入しました。サウナの中ではうちわや個人用サウナマットを用意し、外気浴スペースにもサウナーに人気のチェアを置いたり、夏場には風鈴をつるしたりしています。風鈴は落ちても割れないものを選ぶなど、できるだけ細部まで気を配るよう心がけています。さらに、ドリンクやアイスの種類を増やして、脱衣所に冷凍庫を置き、飲み物をきんきんに冷やせるようにもしました。

本当に“細かいことの連続”なのですが、こだわりを持って改善を続けてきました。ただ、小さな改善でも、お客さまはしっかり見てくれているのですよね。結果として来店頻度が上がったり、口コミが増えたりして、数字としてもその効果がはっきり見える。一見、地味に見えますが、そういう積み重ねこそが「経営する」ということなのだと実感しています。

あづま湯

金澤
第三者として支援していたコンサルタント時代と比べて、仕事への向き合い方は変わりましたか。

佐藤様
そうですね。前職では起業家支援や経営者の伴走支援をしていたので、経営者のマインドセットは理解していたつもりでした。でも、実際に自分がその立場になると、「考えるより動く」ことの大切さを身にしみて感じます。

毎日忙しく、時間の余裕がないので、延々と考えていても無駄。考えるのはそこそこに、とにかく実践あるのみ。優先順位を考える前に、思いついたことをどんどん行動していかないと何も変わらない。やったもん勝ちという気持ちで、行動してから反省するぐらいのスタンスでやっていますね。

金澤
コンサルタント時代の経験やスキルが、今の経営に生きていると感じる部分はありますか。

佐藤様
あるといえばありますが、そこまで意識しているわけではありません。コンサルタント時代、資料作成や文章を書くのは日常的な仕事でしたし、イラストレーターを使ってデザインしたり、動画を自主的につくることもありました。その経験は今の経営にも自然と生きています。たとえばホームページを自作して公開したり、noteで情報発信したり。店内掲示物やPOPをつくる時にも、見やすく・読みやすく・言葉一つひとつに気を配る。フォントやデザインのバランスまで意識する。そうした“伝える力”は、確実に今の仕事にも役立っていると思います。

佐藤様

常連の心をつかんだのは、店主自らタオルを振るあづま湯名物「アウフグース」

金澤
あづま湯の特徴や、他の銭湯との違いはどんなところにあると思いますか。

佐藤様
あづま湯はとにかく広いのです。都内の銭湯のイメージで来られると驚かれると思いますが、ロビーも脱衣所も浴室もサウナも、すべてがゆとりのある造りになっています。その開放感は、間違いなくおすすめできるポイントですね。

施設自体は30年近く前に建てられたものですが、古さを感じさせない造りなのです。ジェットバスやバイブラバスなども備えていますし、最近では電気風呂の入れ替えも行いました。設備面でもかなり充実しています。

水風呂も特徴的で、入っていただくとわかりますが、温度は13〜14度ほど。バイブラ付きで、より冷たく感じる“シャキッとする水”が自慢です。オーソドックスな銭湯でありながら、しっかりしたサウナと水風呂があることで、ここにしかない魅力を感じていただけると思います。

あづま湯

金澤
佐藤様ご自身でも、木曜と土曜に男性サウナでのアウフグース(熱波)を担当されているそうですね。実際にやってみていかがですか。

佐藤様
とにかく、めちゃくちゃ体力がいるので大変です(笑)。熱波を始めたきっかけは、新しいお客さまにもっと来ていただきたいという思いからでした。実際に新規のお客さまは増えましたが、常連のお客さまも楽しみにしてくださっていて、熱波の時間に合わせて来店されます。「今日のアロマは何かな」と楽しみにしてくださる方も多いです。

金澤
それはやりがいがありますね。

佐藤様
そうですね。実は、経営者が私に変わってから店内の雰囲気や設備を少しずつ変えてきたので、最初の頃は必ずしもすべての方に快く思っていただけていたわけではなかったと思います。でも、サウナ室で熱波を送る時は、なりふり構わず必死です(笑)。汗だくになってタオルを振る姿を見て、「頑張っているな」と声をかけてくださる方もいて。狙ったわけではありませんが、見直してくださる方も増えたみたいです。体力的にはきついですが、やって本当によかったです。

金澤
お客さまの反応として返ってくると、やっぱりうれしいですよね。

あづま湯

次世代の経営者を。あづま湯を「挑戦のハブ」にする構想

金澤
事業承継から1年以上がたちました。あづま湯として、これからどのような挑戦を考えていますか。

佐藤様
すぐにできる改善は、ある程度やってきたかなという感覚があります。これからは、安定的な運営を続けていくことが第一です。その上で、無理し過ぎない範囲でよりよい設備・サービスの提供に取り組み、情報発信して、あづま湯ファンの裾野を広げていきたいです。

例えば最近、場当たり的に行っていたイベントを整理して、月ごとの「イベントカレンダー」にまとめて発信しているですが、お客さまには「今月はこんな企画があるんだな」と楽しみにしていただけるようになってきました。その反応を受けて、月ごとの目玉企画として生のかぼすやりんごを浮かべた特別湯をやってみると、とても好評でした。今後も、毎日の仕事をこなしつつ、少しずつあづま湯を進化させていきたいです。

それから、あづま湯に“人を迎え入れられる環境”もつくりたいと思っています。今はほとんど自分1人で回していますが、銭湯やサウナの経営に興味を持っている人は意外と多いです。実際にnoteで発信してみると、思っていた以上に反響があり、関心の高さを感じています。

将来的には、私以外の人も「店長」のポジションに就いて、銭湯の運営に関われる仕組みをつくりたい。ここで経験を積んだ人が、いずれ別の温浴施設でも活躍したり、他の銭湯を継業できるようになる。そんなサイクルをつくっていけたら理想ですね。

金澤
どんな方に来ていただきたいですか。

佐藤様
体力的にもマインド的にもタフな人ですね。銭湯の現場では、設備トラブルやお客さま対応など、思いもよらないことが起こるので、臨機応変に動ける力が必要です。それから、私にできないことを補ってくださる人。たとえばデザインが得意、熱波がうまい、DIYが好き、設備系に強いなど、そういう人が一緒にやってくださったらうれしいです。でも結局は“出会い”なので、一番大事なのは「銭湯やサウナをもっとよくしたい」という思いですね。

金澤
佐藤様ご自身のキャリアプランはどう考えていますか。

佐藤様
あづま湯がキャリアの終着点だとは思っていません。コンサルタントから銭湯経営という、なかなかない経験をさせていただいていて、今は非常に面白い時期だと感じています。コンサルを続けていたら絶対に得られなかった体験ができているし、まだまだ自分の中で「次にもっと面白いことができる」という感覚があります。具体的な形はまだ見えていませんが、前向きな意味で“次の可能性”を探している段階です。

金澤
では最後に、同じように「好きなことを仕事にしたい」と考えている方に、佐藤様の経験から何か伝えたいことはありますか。

佐藤様
もし「やりたいこと」があるなら、「今できることは何か」「実際に手や足を動かしているか」を自分に問いかけてみてください。頭で考えているだけでは、まだ“本気”とはいえないのかもしれません。

もちろん、無理に行動する必要はないですが、少しでも動けることがあるなら、今すぐにでも動いた方がいいと思います。私自身も、将来につながるか分からない中で、民間の講座に通ったり、賃貸物件を見学したり、学びながら動いていました。そうやってアンテナを張って行動していると、不思議とチャンスは舞い込んでくる。その時に前のめりでつかみに行けるかどうかが、何よりの分かれ目になる気がします。

佐藤善太 様 「あづま湯」店主

20248月より埼玉県朝霞市の銭湯「あづま湯」店主。株式会社GOOD SEVEN代表取締役。

約14年間、シンクタンクのコンサルタントとして国や自治体、教育機関、企業向けに計画策定や事業推進、業務改革を支援。東日本大震災後は復興支援にも従事。38歳で脱サラを決意し、東京都公衆浴場業生活衛生同業組合主催の「銭湯の担い手養成講座」(2022年)を受講。2024年8月、昭和39年創業のあづま湯の運営を引き継ぐ。

あづま湯(ゆとりっくす あづま湯)

1964年創業、朝霞市よりも歴史が古い地域密着型の銭湯。ジェットバス、電気風呂、座風呂、寝風呂、日替わり薬湯、人工温泉露天風呂に加え、フィンランド最古のストーブメーカー・KASTOR社製ストーブを備えた本格サウナ、13〜14度のバイブラ付き井戸水風呂を完備。駅徒歩2分の好立地ながら無料駐車場19台を備え、平日約280名、休日約380名が訪れる人気施設。
20248月、日本総合研究所でシニアマネージャーを務めた佐藤善太氏が「銭湯の担い手養成講座」を経て事業承継。新店主就任後は、Refaドライヤー・シャワーヘッドの導入、漫画コーナーやオリジナルグッズの充実、脱衣所への冷蔵庫設置など、全国200軒以上を巡った経験を生かしたお客さま目線の改善を重ね、新規客・リピーター共に増加している。
木曜・土曜には男性サウナで店主自らタオルを振る名物「熱波」を開催し、常連客から高い支持を得ている。

・アクセス:
埼玉県朝霞市根岸台6-2-35 イーストパーク朝霞1F
東武東上線朝霞駅東口より徒歩2
・営業時間: 15:0023:30
・定休日: 金曜日
・料金: 入浴500円、サウナ+300円(タオル・バスタオル付)
・駐車場: 19台(無料)
 
公式サイト: https://azumayu-asaka.com/
公式Xhttps://x.com/azumayu_asaka
note(あづま湯店主|埼玉県朝霞市の銭湯運営を脱サラで引き継いだ人):https://note.com/azumayu_asaka

アクシスコンサルティング

アクシスコンサルティングは、コンサル業界に精通した転職エージェント。戦略コンサルやITコンサル。コンサルタントになりたい人や卒業したい人。多数サポートしてきました。信念は、”生涯のキャリアパートナー”。転職のその次まで見据えたキャリアプランをご提案します。

Brand ブランド紹介

アクシスコンサルティングでは、多様化するハイクラス人材のキャリアをワンストップでサポートしています。
あなたの理想のキャリアに向けて、20年以上の実績と知見でご支援いたします。