独立は「勢い」ではなく「準備」から──【元デロイト起業家・権藤悠氏】が語る、失敗と成長のプロセス

元デロイトでS評価を獲得し、現在は株式会社キーメッセージ代表として挑戦を続ける権藤 悠さん。順風満帆に見えるキャリアの裏側には、苦悩や模索、そして大きな転機がありました。
退職を決意するまでの葛藤、独立後に直面した「社会人の夏休み」のような時期、さらにはAIやSaaSを活用したスタートアップとしての新たな挑戦。世界を横串で見て得た知見と、経営者として直面する課題を率直に語る権藤さんの言葉からは、「自分の強みを武器に、準備を重ねて挑戦すること」の重要性が浮かび上がります。
独立を目指す人へのメッセージも含め、キャリアの本質に迫るインタビューです。
ゲスト:権藤 悠(株式会社キーメッセージ 代表取締役CEO)
慶應義塾大学理工学部情報工学科卒業。ベンチャー三田会幹事。
ITベンチャー企業にて人事、IT新規事業開発をした後、株式会社ZUUに人事企画マネージャーとして参画し、東証マザーズ(現・東証グロース)市場上場前の採用・組織開発に従事。
その後、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社に経営コンサルタントとして入社。大手企業へのDX・組織人事高度化コンサルティング業務に従事し、合計社員数20万人以上の各業界企業を支援。デロイト トーマツ コンサルティングの中でも上位1%の人材しか認定されない「Sランク人材」の評価を受ける。
2022年、株式会社キーメッセージを創業。大手企業からスタートアップへ経営コンサルティング、AIやデータ分析を活用した新規事業開発や人的資本経営コンサルティングを提供する。
モデレーター :藤澤専之介
RPA業務を自動化するテクノロジーの会社を2018年に立ち上げ、2022年にクラウドワークスにM&Aでイグジット。その後、子会社の社長やスタートアップの支援などを行い、現在はM&A支援に従事。

Index
独立を決意するまでの心境の変化
藤澤
独立をするまでの心境の変化について教えてください。
権藤さん
今の日本の大手企業における経営企画や戦略の多くは、コンサルティングファームが代行・代替している部分が多いです。役員会に提出する資料も、自分たちで考えるのではなく、コンサルが作ったレポートをそのまま使うという現状があり、私は「このままで良いのか」という漠然とした課題感を抱いていました。
当時のデロイト自体も、社内のAs-Is・To-Beが十分に描けていないという状況でした。中間管理職が次々に離職し、新しいワークスタイルやお客様にじっくり時間をかけて向き合うという姿勢が求められる中で、「考え方を変える」ということがもっと大事なのではないかと感じていました。
このまま会社に残り役員を目指すという道もありましたが、それは自分が望む未来像とは違っていました。私が思い描いていたのは、大人がイキイキと働き、自由闊達に子どもが育つ社会をつくること。その世界観と今の環境がズレ始めていると感じたのです。
具体的に「これをやろう」という明確な計画があったわけではありませんが、漠然と会社に居続けることの違和感や課題感が積み重なった結果、「このまま会社に居てもおかしい」と思うようになりました。そこで、当時のデロイトの役員に対して「私がデロイトにコンサルをするという役割で、業務委託としてサービスを提供する形なら関わり続けられるのではないか」と提案をしました。
ただ、「それを認めてしまうと、皆が同じように辞めて外からコンサルをする可能性が出てしまう」という理由でその提案は受け入れられず、結果的に退職に至りました。もちろん、その間にはもっと長いプロセスがありましたが、そうした心境の変化を経て、独立という道を選ぶことになったのです。
退職から起業までのプロセスとは?
藤澤
退職から起業までのプロセスについて教えていただけますか?
権藤さん
退職したら、コンサルとしてこれまでやってきたスキルを売ることしか考えていませんでした。1社目、2社目のベンチャー時代からお付き合いのあるお客様や周囲のつながりがあったので、そこを生かそうと思いました。
退職を考えた時に、まず取り組んだのは、100人ほどのアポイントを取るリストを作ることでした。「私はこれまでこういうことをやってきました」と自分の強みや経験を改めて説明し、「お困りごとはありますか? ご支援できることはありませんか?」と率直に聞いて回ったところ、お仕事をいただくことができたのです。
最初の案件は1件10万円。当時は値付けの感覚も分からず、とりあえず10万円と設定し、「頑張ります!」と引き受けました。その後、人事制度の再構築や共同事業開発などの依頼をいただき、徐々にニーズが広がっていきました。案件ごとに金額を提案していく中で、「意外としっかりと価値を評価していただける」と気づいたのです。
そうして活動を続けるうちに、デロイト時代の年収の3倍近い売上が見えてきました。結果的に、独立に至るまでには営業活動をしっかりと行い、ソリューションセールスを実践していました。特別なことをしたわけではなく、「やるべきことをやっていたら会社が立ち上がった」という感覚です。
藤澤
お話を伺っていて、たしかに「準備」がとても大切だと感じました。頭の中で考えるだけではなく、実際にリストアップし、アポを取り、「今後こういうことをやっていきたい」という話をしてきたからこそですね。
権藤さん
そうすることで、具体的に「取れるだろう」ではなく「もう仕事は受注できている」という状態をつくれました。だからこそ、退職を決断できたのです。
藤澤
デロイト時代の仲間や先輩方の反応はいかがでしたか?
権藤さん
デロイトは退職者を応援する文化があり、アルムナイ(退職者)に対しても前向きです。私の退職に対しても「仕事はもう取れているなら応援しているよ」といっていただきましたし、先輩からも「一緒に頑張ろう」とメッセージをもらいました。辞めた役員の先輩とは今もゴルフに行く仲ですし、本当にありがたい環境だったと思います。
起業後の事業成長とこれからの挑戦
藤澤
起業後の事業の成長について教えてください。
権藤さん
正直にいうと、「事業が成長したかは謎」というのが率直なところです。
起業してから最初の1年ほどは、社会人の夏休みのような感覚でした。もちろんやることは色々ありましたが、時間をすべて自分でコントロールできるし、お客様もある程度選べる状態になった。そうした状況の中で、「いきなり事業を大きく伸ばすぞ」というよりも、まずはこの自由なタイミングを謳歌しようと思いました。
その頃は「スタートアップを本格的にやるのか?」「政治家という道はどうだろう?」など、幅広く自分の人生キャリアを考え、様々な場に顔を出して知見を広げていました。お金を強く求めていたわけではなく、1〜2年は模索の時期が続いたのです。
辞める時には崇高な理想を掲げていましたが、いざ退職してみると「自分はまだまだ知らないことが多い」「もっと勉強しないといけない」と痛感しました。そうした中で、海外展開の支援やM&A支援など多様な仕事を経験する機会をいただき、改めて自分の方向性を見つめ直す時間になったと思います。
藤澤
そうした模索の中で、どのように方向性を定められたのでしょうか?
権藤さん
やはり「誰かの役に立っている状態」でないと自分のエネルギーは湧かないなと。経験欲や知識欲はありましたが、どこか満たされない。そんな時に思ったのは、「格好良い先輩や大人は起業家や経営者だった」ということです。多くの人の収入源を作り、経済を回している人たちの姿を見て、自分もその方向に進もうと決めました。
ただ、1人の力では弱いので、応援してくれる仲間やチームをつくろうと考えました。その流れで、上場企業の社長にプレシードラウンドで投資していただき、「頑張ります」と宣言して動き始めたのが、この1年ほどです。退路を断ってでも生き抜いていくことの大切さを実感しています。
藤澤
実際にスタートアップとして動き出してみて、いかがですか?
権藤さん
正直、上手くいっていないことも多いです。ただ、それも含めて学びの時間だと捉えています。その先に次の展開が見えているので、行動しながら前に進むしかないと思っています。
今の時代はAIやSaaSを活用することもスタートアップの一形態だと思いますが、ハンズオンの伴走型で入っていき、不便なところをAIで解決するSHIFTグループのようなモデルをベンチマークにしていて。私はその中でも組織・人事やM&A領域にフォーカスして進めています。
最終的には「お客様の期待に1つ1つ応えていくこと」がすべてです。華やかなビジョンというよりも、1個1個積み重ねる。それを地道に続けることが、今の私のスタートアップとしてのスタンスです。
世界を横串で捉えて学んだことと、経営者としての課題
藤澤
デロイトでの経験を通して得られた知見や、今につながっていることは何でしょうか?
権藤さん
日本の大手企業、それぞれの業界でナンバーワンのお客様を横串で支援できたことは大きな財産です。結果として、業界全体や世界を俯瞰して見られるようになりましたし、海外のトレンドや流れも理解できるようになりました。今もアメリカ・ラスベガスで開催される人事系のビジネスカンファレンスに参加していますが、そうした視点を持たせてもらえたのは非常に貴重でした。
具体的なスキル面では、タフな状況の中でも「具体化・抽象化思考」を使いながら物事を進めていく力が身についたと思い、これは今でも強みだと感じています。
藤澤
逆に、課題に感じていることはありますか?
権藤さん
客観視ができていない部分が多く、自分の基準や期待値が高いがゆえに、組織づくりやチームづくりが得意ではないことです。これは私個人の課題でもありますが、コンサル出身者に共通しがちな傾向でもあると思います。
一方で、私の知っている優秀な経営者の中には「自分は何もできない。ただ人と飲んでお願いしてチームを作っているだけ」と話す方もいます。そういう姿を見ると「経営者とコンサルタントはやはり違うな」と痛感します。
コンサルは知見や仕組みを提供して課題を解決しますが、経営者は人を巻き込み、組織を動かす力が求められる。私はまだアンラーニングが足りず、できていない部分も多いと感じています。だからこそ、そうしたことを実践できている先輩経営者と積極的に話し、自分のズレを修正するようにしています。そこは難しいですが、今まさに取り組んでいる課題です。
独立を考えている方へのメッセージ
藤澤
最後に、独立を考えている方に向けてアドバイスをいただけますでしょうか。
権藤さん
会社員を辞めると、本音で話をしてくれる人が増えると思います。皆それぞれ胸の内に野望やWillを持っていますが、会社員時代は自分の素直な心と向き合う時間が少なかったと感じています。
私自身、1社目、2社目のベンチャー時代はカルチャーとして「自分のやりたいこと」を語り合う機会が多くありましたが、コンサル時代は意外とそういう会話が少なかった印象です。頭は良いけれど、自分の本音については話さない──そういう風潮がありました。
だからこそ大事にしてほしいのは、自分が素直に抱えている課題感や「何をしていきたいのか」をきちんと言語化して形にすることです。コンサルにいる中でも、それをやっている人は起業テーマが早く固まって、スマートに進んでいくケースが多いと感じます。
藤澤
起業に向けて有利に働く要素はありますか?
権藤さん
コンサル時代に培ったスキルを生かして、「生きていけるだけの稼ぎを自分でつくる状態」にしておくことは非常に大事だと思います。少なくとも3年はやり切る、理想は営業にも一部関わる、といった経験を積んでおくと、独立後も安定してビジネスを回すイメージが持てるはずです。
大体この仕組みを回せば、自分と数人のチームで年商3,000万円〜1億円程度は作れます。これがいわゆる“米櫃(こめびつ)”のように収入源になります。
昔は「エクイティを入れてスタートアップ型で挑戦しよう」という考え方が主流の時期もありましたが、実際には継続的な収入源を確保して、やり抜ける環境を整えておくことが何より大事です。
そのためには、まず自分のスキルを武器に「これは自分の専門だから売れます」という状態をつくること。私のようにソリューション営業を経験し、実際に仕事を取れるようになれば、自然と独立が可能になります。
藤澤
なるほど。コンサルでの経験をどう生かすかがポイントなのですね。
権藤さん
そうですね。コンサルファームで培ったビジネス観やスキルを「自分もできる状態」にしておくことは非常に有効だと思います。それを準備として積み重ねておけば、独立への道は確実に開けるはずです。