「経営者の意思決定力に学ぶ」──インバウンドプラットフォーム王伸氏が語る、キャリアと事業を切り拓く思考法

理系志望から経営の道へと舵を切り、コンサルでの体験を経てキャリアを築いてきたインバウンドプラットフォーム株式会社 代表取締役社長 王伸さん。
税理士法人で移転価格コンサルタントとしてのキャリア をスタートし、株式会社エアトリ(以下、エアトリ)でのIPO推進やM&Aを経験。その後、自ら事業成長させ、会社を上場に導きました。コロナ禍での苦境を乗り越え、大型買収や新規事業を通じて成長を続ける中で培われた「判断基準の持ち方」とは。
起業家としての哲学、組織づくりへの思い、そしてキャリアに悩む人へのメッセージを語っていただきました。
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ゲスト:王 伸 株式会社インバウンドプラットフォーム 代表取締役社長
慶應義塾大学卒業後、税理士法人で移転価格コンサルタントとしてのキャリアをスタート。その後、株式会社エアトリ取締役COOを経て、2018年にインバウンドプラットフォーム社長に就任し、2023年に同社IPOを実現。
モデレーター :藤澤専之介
RPA業務を自動化するテクノロジーの会社を2018年に立ち上げ、2022年にクラウドワークスにM&Aでイグジット。その後、子会社の社長やスタートアップの支援などを行い、現在はM&A支援に従事。
Index
医学志望から経営の道へ──幼少期の原体験と慶應進学で芽生えた起業家マインド
藤澤
まずは自己紹介とご経歴について教えていただけますか?
王さん
インバウンドプラットフォームの王と申します。名前の「王 伸」から分かる通り、出身は中国・北京です。5歳の時に来日し、最初は神戸に住み、小学校時代に東京に引っ越して以来、日本で教育を受けてきました。ファーストキャリアは税理士法人のコンサル部門に入社し、その後、上場前のエアトリに転職しました。そこでIPOなどの経験を積み、2018年にカーブアウトする形でインバウンドプラットフォームを設立しました。
藤澤
幼少期から学生時代にかけては、どのようなことに興味を持っていたのでしょうか?
王さん
どちらかというと理系的な思考が強く、数字や科学にとても関心を持っていました。実は高校の途中までは医師を目指していたんです。しかしその後、経済や経営の世界に関心が移っていきました。
藤澤
医学から経営へと関心が移ったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?
王さん
母が、私が学生の頃、個人事業主としてさまざまな事業を始めていたのを見たことが大きなきっかけです。「働き方にはこういう形もあるのか」と気づき、自然と経営への興味が芽生えました。
藤澤
進学先として慶應義塾大学経済学部を選んだのは、どういった理由からですか?
王さん
高校2年までは医学部志望でしたが、周りには非常に優秀な学生が多く、「医学部を目指す人はこういうレベルなんだ」と痛感しました。当時の私は「自分がNo.1にならないと気が済まない」という性格で、医学部でトップになるのは難しいと感じたのです。そこで「自分の強みを生かせるのはどこだろう」と考えた時に、両親の影響もあって「やはり事業をやりたい」という気持ちが強まりました。
慶應を選んだのは、率直に言えば、「東大に落ちた」からです。1年浪人して東大を目指すよりも、人脈形成や学びの幅を考えた時に、慶應の方が自分に合っていると判断しました。
藤澤
学生時代はどのように過ごされていたのでしょうか?
王さん
いろいろな場所でインターン、アルバイトをしていました。当然ながら勉強も頑張りつつ、学業と実務経験、この2点に注力していました。
その中でも今の自分の原点をつくったといっても過言ではない経験があります。大学2年生の頃からVC(ベンチャーキャピタル)でアルバイトをしていたのですが、当時のVCの代表や副代表の方は今も弊社の株主であり、取締役として関わってくださっています。もう20年近く前のことですが、その環境に巡り合えたのは非常にラッキーだったと思います。
戦略コンサルではなく“移転価格”へ──ファーストキャリアで培った視点と学び
藤澤
卒業後のファーストキャリアとして、税理士法人を選ばれた理由を教えてください。
王さん
当時から「自分で事業をやりたい」という思いはありました。ただ、いきなりベンチャーを立ち上げる胆力はなく、リスクを取るよりはまず就職をして経験を積もうと考えました。
大学では金融工学を研究課題にしていたので、金融系のゼミに所属していました。周囲の影響もあり、当然のように金融系ばかりを受けていて、外資系の投資銀行(IBD)からも内定をもらったのですが「このまま金融に行ったら一生金融で、人生の先が見えてしまう」と感じて。それは自分にとってはあまり面白くないと思い、方向転換をしてコンサルを志しました。
複数のファームから内定をいただいたのですが、自分の特色を生かせる場所を探しました。そこで出会ったのが税理士法人のコンサル部門です。移転価格という非常にニッチで尖った領域を扱う部署があり、「これは自分のキャリアとして面白い」と思い入社を決めました。
藤澤
最初のキャリアで得られた学びについて教えてください。
王さん
大きく2つあります。1つは「数字を細かく見ること」、もう1つは「丁寧にひとつひとつの業務に携わること」です。そして常に「クライアントにとって何が大事か」を意識して仕事をしていました。この経験がその後のキャリアの基盤になったと感じています。
コンサルからベンチャーへ転身し、事業推進の最前線へ
藤澤
コンサルからベンチャーへと転職されたのは、どのような心境だったのでしょうか?
王さん
私は安定を求めて税理士法人に入ったわけではなく、もともと「自分で事業をやりたい」という思いが強くありました。そのため、税理士法人での経験はキャリア形成と成長のために選んだステップでした。
約5年間勤務し、基礎力と一定の自信を得た段階で「ここからならチャレンジできる」と思いました。当時は20代後半に差し掛かる頃で、「今ならベンチャーに飛び込める」という自然な発想になったのです。
藤澤
当時のエアトリ社はどのような規模感だったのですか?
王さん
日本法人で50人もいないぐらいの規模でした。
藤澤
エアトリ在職中、経営企画室ではどのような業務を担当されていたのですか?
王さん
最初のミッションはIPOの主担当として、経営企画室室長として入社しました。入社当初はほぼ1人でIPO準備を進めるような状況で、全てが未経験の業務でした。入社前から担当すると聞いていたので「本当にできるのか」と思いながら調べてみると、コンサル時代に経験していた税務調査対応と本質的にはそれほど変わらないのではないかと感じました。ただ、求められるスキルは共通する部分がありましたが、業務範囲が膨大で、資料整理や未整備部分の整備など、想像以上に負荷が大きく、半年ほどで心が折れかけました。
藤澤
行き詰まった時は、どのように乗り越えられたのですか?
王さん
本当にラッキーだったのは、僕が入社して半年ほど経ったタイミングで、現エアトリの社長・柴田さんが入社されたことです。柴田さんはもともと公認会計士で、監査法人でのIPO監査経験や証券会社側の経験も豊富で、「この人となら一緒にやれる」と思えました。また、当時のエアトリは法務が弱かったため、信頼できる法務担当を自分で採用し、その3人でIPOを推進しました。結局、チーム組成が全てだったと思います。
藤澤
IPOが終わった後は、どのような業務を担当されたのですか?
王さん
IPOが終わったのは2016年3月で、1年後の2017年3月には東証一部(現・プライム市場)へ鞍替えしました。その後は管理や経営企画から事業推進の領域へと移り、全社KPIの達成に向けた事業推進、M&Aの推進、新規事業の立ち上げなど、会社の成長を牽引する業務を中心に取り組みました。
藤澤
エアトリで携わられた中で、特に思い入れのある事業やM&A案件はありますか?
王さん
実は今のインバウンドプラットフォーム自体が、エアトリで経験したM&A案件や立ち上げた新規事業を統合・合併してできたような会社なのです。その礎になっているのは、キャンピングカーのレンタル事業でした。これが私にとって初めてのM&A案件でもありました。
当時は「何をどこまで深く見るべきか」が分からない状態で、財務・法務・人事などを一通り調査・分析するDD(デューデリジェンス)を経験して。初めて尽くしでしたが、非常に学びの多い、楽しい経験でした。
成長を支えたのは“1on1”によるカルチャーづくり
藤澤
現在のインバウンドプラットフォームでは、どのような事業を展開しているのでしょうか?
王さん
一言で言うと、訪日外国人や日本に住んでいる外国人に向けて、インターネットを通じたBtoCのプラットフォーム型サービスを提供する会社です。
主な事業としては、外国人が日本で利用するポケットWi-FiのレンタルやeSIMの提供があります。また現在はJR様と提携した新幹線チケットのオンライン販売や、バス予約のプラットフォーム運営なども行っています。
藤澤
会社を設立されてから、どのような点で苦戦されましたか?
王さん
立ち上げ自体は、それほど大変ではありませんでした。もともと複数の事業体を統合合併して、最初から上場を見据えて進めており、スキームを固めて手続きを進めていきました。強いて挙げるとすれば、チームビルディングです。複数の会社を統合すると、それぞれの文化や方向性が違います。さらに外部から新しくメンバーを迎え入れたこともあり、全員を同じ方向に向かせ、最大限のパフォーマンスを引き出すことに苦労しました。
藤澤
異なるバックボーンを持つメンバーをまとめるために、どのような工夫をされたのでしょうか?
王さん
とにかくひたすら1on1を重ねました。一人ひとりと直接向き合い、自分の口から会社の方針を伝えて信頼関係を築く。その上で、ビジョンをしっかり共有し続けることを大事にしました。
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逆境をチャンスに変えたコロナ禍──グローバルモバイル買収と成長戦略の裏側
藤澤
コロナ禍では特にインバウンド業界は大きな影響を受けたと思います。その中で、どのような成長戦略を描かれたのでしょうか?
王さん
特徴的なのは、コロナが始まった直後の2020年4月に大型の買収を行ったことです。さらに同年暮れには、新規事業を複数立ち上げては検証を繰り返し、その中から現在の2本目の柱となる「ライフメディアテック事業」の礎を築くことができました。
藤澤
一方で、不安や葛藤も大きかったのではないでしょうか?
王さん
そうですね。一番の不安は「お金が入ってこないこと」でした。会社を経営する上で現金の厚みは極めて重要で、そこは強い不安を感じていました。また、売上をどう立てるかも相当悩んで。大きな葛藤というよりは一瞬の迷いに近いものでしたが、その時期は常に次の一手を模索していました。
藤澤
コロナ禍でインバウンド需要が途絶えた時期、どのように売上をつくっていかれたのでしょうか?
王さん
1つ目の成功体験が、2020年4月に実施した「グローバルモバイル社」の買収でした。同社は日本人のお客様が海外旅行時に利用するWi-Fiレンタル事業を展開していて、大手のWi-Fiレンタル企業様と同じビジネスモデルでした。周囲からは「なぜ今この会社を?」と驚かれましたが、私は大きなシナジーがあると考えました。
グローバルモバイル社は相当数の法人顧客を抱えており、端末も仕入れ回転が速くコストカットしやすい製品でした。コロナ禍で海外旅行は止まり海外利用向けのWi-Fiレンタル売上はゼロに近い状況でしたが、法人のリモートワーク需要が出てくると見込んだのです。一方で、当時のインバウンドプラットフォームは外国人向けのWi-Fi端末を大量に抱えていましたが、訪日客が来ないため不良在庫のような状態でした。そこを法人需要と組み合わせれば、短期で投資回収できると判断し、決断しました。
藤澤
そうした大きな判断を下す際に、支えになった考え方や基準はありますか?
王さん
これは性格にもよるのですが、私は一度取り組んだことを中途半端に投げ出したくないタイプです。納得するまで考え抜きたい。悩むこと自体は悪いことではないと思っています。多くの場合、悩みは判断基準が曖昧であったり、情報が不足していたりするから生じるものです。それを一つひとつ紐解いていけば、必ず解消の糸口が見つかる。私はその過程自体が好きで、この考え方を大事にしています。
我慢の上場準備から、挑戦のフェーズへ──悩むことを恐れない経営哲学
藤澤
実際に、上場を達成された時の心境を教えてください。
王さん
一言で言うと「やっと新規事業や既存事業に集中できる」という気持ちでした。
藤澤
予実をしっかり合わせていくというところでは、攻めの経営はしづらい環境でしたか?
王さん
予実を合わせるのは当然だとして、上場準備期間中は、新規事業やM&Aなどはしづらくなります。基本的に「2年間は静止しなさい」と言われているようなもので、安定的に成長できることを証明しないと上場できない。だから、やりたいことはたくさんありましたが、ずっと我慢していました。
藤澤
今後は、どのような経営者像を目指していらっしゃいますか?
王さん
よりアグレッシブに、ある程度リスクを取りながらもインパクトのあるコーポレートアクションを実行できる経営者を目指しています。そして、自分の考えを事業にできる人材が集まる組織にしていきたいです。 
悩みは成長の入口──判断基準を磨き、ビジョンに立ち返る重要性
藤澤
最後に、キャリアに悩んでいるコンサルティングファームの方々へアドバイスをお願いします。
王さん
悩むことは決して悪いことではありません。多くの場合、悩みは「判断基準がまだ曖昧」あるいは「情報が足りない」から生じます。そこを一つひとつ紐解いていけば、必ず答えは見えてきます。
短期的・中期的に「自分が一番大事にしているものは何か」に立ち返ることが、結論を出す上で大きなヒントになるはずです。私たち経営者も最終判断に迷った時は、常にビジョンに立ち返るので、ぜひそういった姿勢も参考にしていただけたらと思います。
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慶應義塾大学卒業後、税理士法人勤務や株式会社エアトリCOOを経て、2018年にインバウンドプラットフォーム社長に就任し、2023年に同社IPOを実現。


