ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏×大倉孝二氏が語る、“積み重ねのキャリア論” 【キャリア・ダイアログ─ プロの仕事術─ vol.01】

ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏×大倉孝二氏が語る、“積み重ねのキャリア論” 【キャリア・ダイアログ─ プロの仕事術─ vol.01】

40年にわたって演劇界の最前線を走り続ける劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さんと、長年その舞台に立ち続ける俳優・大倉孝二さん。劇団「ナイロン100℃」で30年来の関係を築くお二人が、最新作『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』で再びタッグを組みます。

キャリアの節目に立つ彼らが語るのは、“決断”や“成長”といったドラマチックな転機ではなく、目の前にある舞台を「誠実に」「面白がりながら」積み重ねてきた日々のこと。

一見、非常識な道を突き進んできたようでいて、実は誰よりも信頼や直感を大切にしてきた彼らの言葉は、今を生きるすべてのビジネスパーソンへのヒントになるはずです。

「決断してきたつもりはない」──積み重ねでキャリアを作るという選択

――お二人は“演劇”の世界で長いキャリアをお持ちですが、決断を迫られる場面も多々あったかと思います。そうした“決断”のとき、判断基準として大切にしてきたことは何でしたか?

ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA):あまり決断したという実感はないんです。切羽詰まって、もうどうにもならないというときに「なんとかしないといけない」と選んだ道ばかりだったので。正直、その場しのぎのような選択ばかりだったかもしれません。

劇団を解散しようかと思ったことは何度もありますし、制作母体も以前は自分たちでやっていたのを、今では自分のマネジメントも含めて現所属事務所のキューブにお願いするようになりました。

僕らの世代は、事前にリサーチをして生きていない人が多くて。もちろん、リサーチするツールが少なかったというのもありますが、わざわざそうしない道を選んでいた節がある。だからこそ、当たって砕けて、砕けながら鍛えられていった部分もあると思います。

大倉孝二(以下、大倉):僕もそんなにリスクを避けて生きてきてはいないです。そもそも“リスクのない道”を選ぶ能力がないので(笑)。だから、「選ぶべきではなかった」と後悔しないように心がけていくしかないと思っています。

――“事前に考えて選ぶ”というより、“その場その場で動いてきた”ということでしょうか?

大倉:そうですね。あまり先を見越して何かを決めたことはなかったです。

――では、ご自身のキャリアの中で「成長した」と実感した瞬間や出来事はありましたか?

KERA:気がついたら、という感じですね。最初の頃は、役者も台本も演出も、すべて下手くそでしたが、年に67本もやっていれば自然と全体のレベルが上がっていきます。だから、「この人の一言がきっかけで」とか、「この出来事で変わった」というような明確なターニングポイントは特になくて。それは、自分たちで創ってきたということの裏返しだと思っています。

――大倉さんはいかがでしょうか。

大倉:やっぱり「大変なことをやる」ことは成長につながると思います。正直に言うと、つらいことはあまりやりたくないのですが(笑)、つらいことを経て、後から振り返ると「あれが力になっていたな」と思えることは多いです。

――そもそもですが、「演劇」は大倉さんにとってやりたいことですか?

大倉:そもそも役者もやりたいと思っていないですからね(笑)。やりたいと思っていないというと語弊があるかもしれないですが。もちろん仕事としては必要ですし、ありがたいことではあるのですが、“大好きでやっています”という感覚ではないです。

――それは、少し意外ですね。

大倉:生きるために「今のところこれしかやることがないからやっている」というのが本音に近いです。演劇もその1つですね。もちろん、演劇が特別という人もたくさんいると思いますし、KERAさんにとっても創作の柱かもしれないですね。

でも僕は、映像や舞台など、どの媒体にもそれぞれの魅力があると思っているので、演劇だけが特別という感覚はなく、最初に始めたのが演劇なので、「やめる」という選択肢は、今は持っていないですね。

「1本1本が、かけがえのない仕事」最新作『最後のドン・キホーテTHE LAST REMAKE of Don Quixote』に挑む思い

――最新作の『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』は、KERAさんが以前からやりたかった題材だと伺っています。改めてこの作品に着手するにあたっての意気込みをお聞かせいただけますか。

KERA:ドン・キホーテという素材があるので、何もないところから始めるよりはいくらか楽だと感じます(笑)。今はまだ「どうやってこれを調理しようか」と考えているところです。

――『ドン・キホーテ』という作品のどのようなところに惹きつけられているのでしょうか?

KERA:やっぱり狂人の話だからだと思います。何にも知らない人はドン・キホーテという騎士の物語と思うかもしれないですが、実際は「騎士だと思い込んでいる人の話」なので、そこですでにズレているんです。

つまり最初からメタ構造になっているので、そこが演劇的だと感じています。演劇は「役者が演じている」という前提を映画よりも観客が意識しながら観るので、メタ構造というのはとても演劇向きなのです。なので、その外側の世界と内側の世界を自分なりにどう描くかが重要だと思っています。

――大倉さんは、本作で主役のドン・キホーテを演じられますが、現時点でこの役をどのように捉えていらっしゃいますか。自身と通じる部分や演じやすそうだと感じている部分はありますか?

大倉:ドン・キホーテの年齢に近い50歳というのは、通ずるものがあるかもしれません。 物語自体を詳しく知っているわけではないですが、幼少期からドン・キホーテの挿絵のイメージだけで「面白そう」というイメージはありました。

――お二人の長い演劇キャリアにおいて、今回の『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』は、それぞれにとってどのような意味合いを持つ作品でしょうか?

KERA:今年で劇団は旗揚げ32年、大倉とはもう30年の付き合いになります。もう今現在がキャリアの終盤なのかどうかはわからないけれど、確実に折り返しは過ぎているので。だから11本、大切にやりたいと思っています。

すぐに疲れてしまいますし(苦笑)、集中力とか瞬発力とか、色々な面でピークとうには過ぎていると実感します。でも、その分だけ積み上げてきたものはあると信じたい。大倉とまた1本一緒にできるというのは、自分が思っている以上に大切なことなのではと感じています。

――大倉さんにとって、今作はどのような意味を持ちますか?

大倉:今はまだわからないですが、公演が終わってしばらく経ってから「ああ、こういう意味があったな」と思うかもしれないですね。色々な活動の中の1つとして取り組んでいるので、やる前から何か意味付けをして取り組むことは、今回に限らず毎回していないです。

KERA×大倉、信頼の理由──「互いを知るからこその信頼と挑戦」

――お二人は30年来の関係がある間柄ですが、改めてKERAさんから見て、大倉さんの俳優としての魅力はどんなところにありますか?

KERA:魅力について考えたことは正直ないですが(笑)、大倉孝二という総体としての面白さというのは、やっぱりありますね。ずっと長く知っているというのも大きいですし。

やっぱりナンセンスなことをやるときに、スッとわかり合えるというのは大きいです。もちろん、それは大倉に限らず、劇団の古株――大倉やその次の世代までの俳優たちは、みんな共有するものが多いと思います。

入団当初は癖が強すぎましたが(笑)。それがいい感じに抜けて、いろんな表現ができるようになって、今では本当に重宝しています。

――大倉さんから見て、KERAさんの演出家としての魅力はどんなところにあると思いますか?

大倉:単純に“すごい”と思うのは、作品数です。世界観が全部違う作品を、毎年コンスタントに生み出していること。それぞれの作品に独自のリアリティがあって、本当にその世界が“ある”ような気持ちにさせてくれる、その精度は本当にすごいと思います。特に自分が出ていない作品を観たときに、いつも感心します。

――出演しているときは思われないのですか?

大倉:出演しているときは、客観的にはなかなか見られなくて。でも、自分が出ていない作品を見たときは本当に「すごい」と感じています。

非常識じゃ、生き残れない。選ばれた“直感”と、信頼の輪

――ここまで演劇について語っていただきましたが、30年以上もこの業界で活動される中で、お二人にとって「譲れないプロ意識」のようなものはありますか?

大倉:プロ意識とあらためて言われると難しいですね。正直、この年齢で“プロ意識がない人”って、ほとんどいないと思うので(笑)。

KERA:みんな前提としてちゃんとしているというか。たとえば、昔は、蜷川幸雄さんとか「アナーキー」と言われていたような人たちも、実は極めてちゃんとしていましたからね。

今の世の中、ちゃんとしていないと生きづらい。ある程度きちんとしている方が楽だと思います。無理して“非常識”でいようとすると疲れるし、自分を壊してしまう。人から求められている“非常識”を演じること自体が、とても不自然なので。

――それこそ“プロ意識”は前提として備わっている、ということかもしれませんね。では話題を変えて、「この業界で生き抜くために、意識的に身につけてきたスキルや考え方」はありますか?

KERA:「これをやったから生き延びられた」というのが正直よくわからないです。むしろ、「それをやったら生き残れない」と言われそうなことを、たくさんやってきたので(笑)。それは悪意があってというわけではなく、創作に必死になっているうちに結果的にそうなってしまったというか。

でも最終的に、ちゃんと“納得してもらえるもの”を作れているかどうか、なのではと思います。全員が全員、本気で心から納得してくれるというのは無理かもしれませんが、関わってくれる俳優やスタッフたちがまず面白がってくれる、なにより自分が面白がれているという前提でね。そういう積み重ねが大事だと思っています。

――そういった「納得してもらえるものを作ること」が、生き残る鍵だったということなのですね。

KERA:そうかもしれません。だから一緒に作っている人たちのお陰とも言えるし、だからこそ、「誰と組むか」ということは本当に大きいです。人選は直感が半分以上ですが、大事な決断なのです。たとえば大倉を劇団員として入団させたときもそうです。

それは「オーディションで取った」ということでもありますが、複数人の直感が一致した結果でもあります。僕1人が「やりたい」と言ってどうにかなるわけではないので。

だから、結局は「誰と何を作るか」。それをちゃんと選び続けてきたことが、生き残ってこられた理由なのかもしれないです。

――ここまで「直感」が鍵というお話がありましたが、直感以外に、仕事仲間やパートナーを選ぶ際の判断基準はありますか?

KERA:昔と比べて柔軟になったとは思います。同じ方向を向いていなくてもそれはそれで面白いなと思うようになってきたので。以前は、自分がやりたいことがたとえばモンティ・パイソンイギリスのコメディ集団)的な世界だったら、そういう笑いを面白がれない人とは絶対に一緒にできないと、頑なに思っていました。

――そういう意味では、今はその価値観が広がってきているのでしょうか?

KERA:はい。色々な出自の人や価値観を持っている人と一緒にやることで、自分自身も変われるし、自分が信じてきた面白さとはまた違う面白さに出会えるようになってきたなと感じます。それは年を重ねたからこそかもしれないです。若い頃は本当に狭かったので。でも、その狭さも面白さだったとは思います。

――大倉さんは、この業界で生き抜くために、意識的に身につけたスキルや考え方はありますか?

大倉:スキルと言っても、僕は歌がうまいわけでも、踊れるわけでもないし、殺陣ができるわけでもないので。技術的に積み重ねてきたものは、ほとんどないです。

ただ、1つだけ言えるのは、「また一緒にやりたい」と思ってもらえるように、毎回誠実に取り組むこと。それはずっと意識してきました。1度ご一緒した方にまた声をかけていただいて、ということを積み重ねてきただけです。

――“縁を大切に”ということを意識されていたということなのですね。

大倉:そうですね。もちろん縁は大切ですが、ただつながっているだけではなく、「また使いたい」と思ってもらえるように、毎回きちんと作品に向き合う。それが唯一、自分が積み重ねてきたものだと思っています。


ヘアメイク:山本絵里子
スタイリスト:JOE(JOE TOKYO)

シャツ/BUENAVISTA/25300(税込)/RPBC株式会社/106-0032港区六本木7−3−16-2F/03-6822-9233
パンツ/ESTNATION/41000(税込)/ESTNATION PRESS
ROOM/150-0001渋谷区神宮前2−22−16新光第二ビル5階/0120-503-971
シューズ/パントフォラ・ドーロ/27500(税込)/アドナストミュージアム/〒150-0032 東京都渋谷区鶯谷町4−1-B1/03-5428-2458

ケラリーノ・サンドロヴィッチ 劇作家、演出家、映画監督、音楽家

1963年東京生まれ。1982年にニューウェイヴバンド「有頂天」を結成し、1986年にメジャーデビュー。1980年代半ばから演劇活動に進出し、劇団「健康」を経て1993年に劇団「ナイロン100℃」を結成。以降ほぼ全公演の作・演出を担当し、他にも「KERAMAP」「ケムリ研究室」(緒川たまき氏と共同主宰)など多彩な演劇企画を主宰。1999年『フローズン・ビーチ』で岸田國士戯曲賞受賞、ほか読売演劇大賞最優秀演出家賞、紀伊國屋演劇賞個人賞など受賞歴多数。2018年秋、紫綬褒章を受章。

大倉孝二 俳優

1974年生まれ。東京都出身。劇団「ナイロン100℃」に所属し存在感を発揮。その後舞台だけにとどまらず、ドラマや映画などで個性的な演技を武器に幅広く活躍する。映画『ピンポン』、『ラストマイル』、『でっちあげ』、NHK大河ドラマ『青天を衝け』、連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』、フジテレビ系ドラマ『西遊記』、テレビ朝日系ドラマ『魔物』などに出演。Netflix『今際の国のアリスSeason3』9月配信予定。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』

【神奈川公演】
2025年9月14日(日)~10月4日(土)
KAAT神奈川芸術劇場<ホール>

【富山公演】
2025年10月12日(日)17:00/13日(月・祝)12:30
オーバード・ホール 大ホール

【福岡公演】
2025年10月25日(土)12:30、18:00/26日(日)12:30
J:COM北九州芸術劇場 中劇場

【大阪公演】
2025年11月1日(土)12:30、18:00/2日(日)12:30/3日(月・祝)12:30
SkyシアターMBS

作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

出演:
大倉孝二
咲妃みゆ 山西惇 音尾琢真 矢崎広 須賀健太
清水葉月 土屋佑壱 武谷公雄 浅野千鶴 王下貴司 遠山悠介
安井順平 菅原永二 犬山イヌコ 緒川たまき 高橋惠子

演奏:鈴木光介 向島ゆり子 伏見蛍/細井徳太郎 関根真理 関島岳郎

主催・企画制作:KAAT神奈川芸術劇場

公式サイト:https://www.kaat.jp/d/don_quixote

Brand ブランド紹介

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