「正解のない問い」が組織を動かす──NRI、東急、三菱地所が進める、アートによる企業変革の最前線 ~FUTURE VISION SUMMIT「企業のアート活動と「越境」する交流の価値」より~【EDGE】

「正解のない問い」が組織を動かす──NRI、東急、三菱地所が進める、アートによる企業変革の最前線 ~FUTURE VISION SUMMIT「企業のアート活動と「越境」する交流の価値」より~【EDGE】

合理性や効率を追求する企業社会の中で、「正解のないアート」を持ち込む人たちがいる。それは感性の話ではなく、組織や街のあり方を問い直す実践だ。

YAU(有楽町アートアーバニズム)が主催する「FUTURE VISION SUMMIT」のSESSIONSでは、そんなアート×企業を体現する3名、野村総研の花崎徹治氏、東急の荻野章太氏、三菱地所の篠原靖直氏が登壇、リガーレ(大丸有エリアマネジメント協会)の中森葉月氏がモデレーターを務めた。本稿では、彼らの経歴と取り組みを通して、アートが企業にもたらす変化の可能性を探る。

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ビジネスの最前線にいるプロフェッショナルでさえ、その輪郭を捉えきれていない──。EDGEでは、まだ言語化されていない「知」に光を当てる。既存のフレームワークでは説明しきれない思考、従来のビジネス文脈では見過ごされてきた視点。そうした「これから重要になる何か」の正体。

「会社員」と「個人」をわけない、3人の実践者がアートに向き合う

セッションの冒頭、登壇者たちは肩書きよりも先に、自身の原体験から語り始めた。

それは「なぜアートなのか」という問い以前に、「なぜ会社の中で、それをやるのか」という、より個人的な動機だ。

最初に語ったのは、野村総合研究所でITインフラを担いながら、社内コミュニティ「NRIアート部」を立ち上げた花崎徹治氏だ。1993年製のゴルチエに身を包み、「今日一番普通の会社員」と笑みを見せる。

「人は、会社員ビジネスという境界がある方が、むしろ幅が広がるし面白い。その軸があるからこそ、アートというもう1つの軸を社会を接続するために2つの振り子を激しく振りながら越境活動をしている」(花崎氏)

花崎氏の中でその感覚が生まれたのは、20歳のころに観た一本の映画。社会の外側から企業の体制を批判するのではなく、内側から構造をほぐせば壊すことができる。その気づきが、のちに彼が企業の中でアート活動を始める原点となった。

アートとは、内側からをエンパワーメントし、働く人が自分の感覚を取り戻せる場をつくること。それが、花崎氏が信じる「越境」のかたちだった。

花崎様

続いて語ったのは、東急でアート&カルチャー事業を担う荻野章太氏。

ハウスメーカーの法人営業、ロンドン留学、「アートフェア東京」への参画、さらには未就学児の発達支援施設の立ち上げと運営まで。一見ばらばらに見える経歴について、荻野氏はこう振り返る。

「自分の中では全部つながっています。アート好きなごく一部の人のためでなく、アートを通して社会との関係をどう結び直せるか。その問いにずっと向き合ってきただけなんです」(荻野氏)

アートは目的ではなく、社会との距離を測り直すための手段。その視点が、のちに「課題解決をしない」という東急のまちづくりの思想へとつながっていく。

荻野様

3人目は、三菱地所でDX推進を担う篠原靖直氏。

自身を「一番普通のサラリーマン」と語りながらも、合理性や正解が求められる領域のただ中で、あえてアートに可能性を見出してきた。

「今の社会って、論理的に説明できることばかりが評価されますよね。でも、時代を遡れば、狩りがうまいとか、火を扱えるとか、まったく違う能力が優秀さの指標だった時代もあったはずです」(篠原氏)

篠原氏が惹かれるのは、そうした非言語的な表現力をもう一度信じること。合理性のただ中に、言葉にならない感覚の価値を取り戻す。その矛盾こそが、彼の越境の始まりだった。

三人に共通していたのは、企業の中でとして立つということ。では、それを実際の組織の中でどう形にしているのか。最初に見ていくのは、野村総合研究所の取り組みだ。

篠原様

NRIアート部の挑戦、会社員を脱ぎ「個人」として越境するためのサードプレイス

NRIアート部の活動は、よくある社内サークルや福利厚生とは少し性質が異なる。

それは「アートを学ぶ場」でも、「感性を鍛える研修」でもない。むしろ花崎氏が一貫してつくろうとしてきたのは、会社員である前に個人として存在できる場だ。

花崎氏は202010月、コロナ禍で人と人との接点が失われていく中でNRIアート部を立ち上げた。

 「アートには、人をモチベートしたり、幸せにしたりする力があるのではないか」。

そんな直感から始まった活動は、オンラインサロン形式のトークイベントを中心に、この5年間で50回以上を数える。

特徴的なのは、その扱うテーマの幅広さだ。絵画や彫刻といった狭義のアートに限らず、映画、ファッション、音楽、格闘技、文房具、天体観測まで──

花崎氏は「アートは定義できないもの」と語り、表現や創造性を広義に捉えてきた。この姿勢は、企業組織の中では意外なほど機能したという。

理系出身者が多いNRIでは、「絵が描けないからアートは苦手」「美術は評価されるものではない」といった無意識のハードルを抱える人も少なくない。しかし、アート部では上手い・下手や成果は問われない。ただ「好きなものを語っていい」「個人として立っていい」という前提が、場の空気を大きく変えた。

活動を重ねるうちに、参加者の間に生まれたのは相互尊重の関係性だ。心理的に安全な空間で、普段の職場では語れない感覚や興味を共有し合う。互いの言葉を聴き合い、違いを受け止めるそのやり取りが、人と人の距離を少しずつ近づけていった。

現在、NRIアート部には約176名が参加している。新入社員や中途入社者が肩書きや部署を越えてつながり、 社内にもう一つの居場所──いわばサードプレイスが生まれた。花崎氏はアート部を「人を育てる場」とも「組織を変える施策」とも語らない。むしろ、個人が個人として尊重される状態をつくること。

その結果として、組織の中に静かな変化が波及していく。 NRIアート部は、アートを通じて企業の内側に越境の回路をひらいた実践だと言えるだろう。

その実践について、アートアーバニズムを推進する中森氏はこう語る。

「『アートって絵画でしょ』と言われることが多かった。でも最近は社会の認識も変わってきていて、FUTURE VISION SUMMITのようなイベント自体にも人が集まるようになった。潮流が確実に変わってきていると感じます。個人の積み重ねが社会を少しずつ変えていく。それがすごく勇気をもらえる話だと思います」(中森氏)

【要点】

・アートはスキルや感性を鍛えるものだけでなく、会社員が「個人として立ち戻る」ためのものである

 東急が導き出した「東洋医学的」まちづくり。課題を解決しないという選択

 企業や自治体が地域に関わるとき、しばしば掲げられるのが「課題解決」という言葉だ。人口減少、空き店舗、にぎわいの創出。それらは正しいが、正しすぎるがゆえに、そこに暮らす人々の心を遠ざけてしまうことがある。

東急でアート&カルチャー事業を担う荻野氏は、そうした違和感から、あえて別のアプローチを選んできた。それが、アーティストを街の中に迎え入れるという方法だった。

たとえば、池上線・池上エリアでの取り組み。この地域には、長い歴史と信仰の文化を受け継ぐ寺町がある。

外部の企業が「地域活性化」を掲げて入れば、反発が起きてもおかしくない。「課題」を定義し、「解決策」を提示するやり方は、誇りを持って暮らす人たちの実感には届かないからだ。荻野氏は、まずアーティストを街に送り込んだ。

 アーティストは指示書を持たない。 「この街のここが面白い」「ここで、これをやってみたい」──そんな個人的な関心から動き出す。

その姿は、地元の人々にとって「外から来た解決者」ではなく、「街を面白がる新しい一人」として受け止められた。結果として、空き家だった場所に人が集まり、長く閉ざされていた空間が自然とひらかれていった。

プロジェクトが終わった後も活動の拠点は増え続け、変化は一過性で終わらなかった。

荻野氏はこのプロセスを、西洋医学と東洋医学になぞらえて説明する。

「僕のやっていることは、西洋医学じゃなくて東洋医学に近いんです。 即効性のある治療で症状を取るんじゃなくて、街全体の免疫を高めること。アートは、目に見える成果を出すためではなく、変化が起きる土壌を整えることだと思っています。」(荻野氏)

東洋医学が「未病」に働きかけるように、アートもまた、街が自ら変化していく余力を取り戻すための方法なのだ。目に見える成果を追うのではなく、見えない関係を再び動かす。それが、荻野氏の考えるアートの機能である。

この発想は、渋谷エリアで進む再開発や文化施設のリブランディングにも通じている。50年、100年という時間軸で土地の文脈を捉え、未来に向けてどう更新していくのか。短期的なKPIでは測れない価値に目を向けること。それ自体が、アートの介在によって初めて可能になる。

荻野氏はこうも語る。

「いろんな組織の壁を越境して交流していく。個人の好きで越境していく。それを意識してやっています。そして、それを動かせる最初の一押しは、パッションを持っている人たち。そこから、だんだんと回り始めるんです」(荻野氏)

課題を解決しない。代わりに、問いを置き、関係をつくる。アートは、答えではなく、変化が生まれるはじまりなのだ。

【要点】

・アートは、課題を解くことではなく、未来に向けて変化を育む土壌を耕す行為である

三菱地所の「管理しない」という決断、都市の機能美を支える「余白」の価値

企業が関与する場づくりにおいて、「どう運営するか」「どう成果を測るか」は常に問われる。だが、三菱地所が丸の内で立ち上げた「丸の内アート部」は、そうした問いにあえて正面から答えなかった。

DX推進を担う篠原靖直氏が関わった丸の内アート部は、活動内容も参加条件も細かく定められていない。集まるのは、絵を描く人、美術館が好きな人、写真や音楽に惹かれる人、ただ「面白そう」と感じた人。

企業は場を用意するが、方向性は決めない。評価もしない。管理もしない。この「何もしなさ」は、意図的な選択だった。合理性と効率性を重んじる企業の中で、好きなものに向かう時間は、ともすれば無駄と見なされがちだ。

だからこそ篠原氏は、成果を求めない場を街の中に置くことで、人が自分の関心に正直でいられる余白をつくろうとした。

「アート部のメンバーが活動することで、丸の内という街に少しずつがついていく。それを、会社が自由にできるようにしておくべきだと思うんです。そういう余白を残しておくことが、これからの正解なんじゃないかと」(篠原氏)

丸の内アート部は、組織の外にもう一つの居場所を持つ試みでもある。会社の外にコミュニティがあれば、街に対するエンゲージメントや愛着も生まれる。

そこには、仕事では出会わなかった人たちとの偶然のつながりがあり、それが新しい視点や発想をもたらしてくれる。

「僕自身も、いろんな人と関わる中で視野が広がった。これは個人的な成功体験だけど、そういう場になってもならなくてもいいと思ってるんです。ただ、人が自分の感覚に立ち戻れる場所があることが大事なんですよね」(篠原氏)

アート部は、何かを教える場でも、成果を生む装置でもない。ただ、人が自分の感覚に立ち戻るための余白を街に残す。三菱地所は、その余白を信じるという決断をしたのだ。

【要点】

・「管理しない」という意思決定そのものが、都市に余白と関係性を生む

アートは特別な表現ではなく、人と組織を結び直す「インフラ」になる

NRI、東急、三菱地所。

立場も事業領域も異なる三者の取り組みに共通していたのは、アートを「成果を出すための手段」として扱っていなかった点だ。

NRIアート部では、会社員である前に個人として存在できる場がひらかれた。東急の事例では、課題を解決しないという選択によって、街が自ら変化していく余地が生まれた。三菱地所は、管理しないという決断を通じて、企業と街のあいだに新しい関係性ができつつある。

いずれも共通していたのは、「越境」を個人の意識や能力の問題として扱わない姿勢だ。

越境は、努力やスキルで起こすものではない。個人が自分の関心や感覚に正直でいられる構造があって、はじめて起こる。

アートは、その構造をつくるための装置になりうる。答えを与えず、問いを残すこと。評価や管理の回路から離れ、余地を残すこと。その余地の中で、人と人、組織と街が重なり合う。

YAUがこれまで試みてきたのも、まさにそうした実験だ。 アーティストだけでなく、企業で働く人々が主体となり、街に関わる。その積み重ねが、企業活動や都市のあり方を少しずつ変えていく。

モデレーターを務めた中森氏は、最後にこう語った。

「アートは、ジャンルを横断して人や組織を媒介するインフラのような存在だと思っています。このエリアでは、個人と企業の肩書きが分かれて生活している人が多い。でも、アートが介在することで、作り手としての自分がもう一度立ち上がる可能性がある。街も同じで、作り手と使い手が分かれた構造をアートがつなぎ直せる。そうした行き来が加速していけば、都市も働き方も変わっていくはずです」(中森氏)

中森氏の言葉は、アートを特別な表現領域ではなく、人と組織、企業と街を結び直すための媒介として捉える視点を示している。

越境は、特別な誰かにしかできないことではない。人が自分の感覚を取り戻し、誰かと関わる。そのための余地を、どうつくるか。今回のセッションは、その問いを投げかけるそんな場になっていた。

全員

※参考:

FUTURE VISION SUMMIT 2025
https://www.fvs2025.com/

YAU|有楽町アートアーバニズム
https://arturbanism.jp/

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